教養教育の目的及び目標
 
1.教養教育の目的
 4(6)年の一貫教育を通じて、学生の専攻に係る専門的学識ばかりでなく、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養することによって、学生を専門的素養のある教養人として社会に送り出すことを目指す大学(学士課程)教育では、前者の「専門教育」と後者の「教養教育」は、決して後者が前者の予備的役割となるのではなく、両者が大学における人間形成の営みの中では「相補的」関係にあるべきだと考えられる。
 本学では、昭和39年に設置された教養部が一般教育を、各学部が専門教育を担当し、教養部が担当する一般教育においては、専門に偏らない幅広く深い教養を身につける教育、いわゆる「教養教育」を行ってきた。しかし、入学時に既に専攻の決まった学生に、最初の1年半(医学部医学科は2年間)にわたって一般教育を教養部が提供するシステムは、学生の勉学意欲を著しく損なうとともに、本来は「相補的」であるべき教養教育と専門教育が、組織的・制度的・時間的・内容的に分断される結果をもたらした。また、実際の履修要件の中には、専門教育科目の中に教養教育的な科目が、逆に一般教育科目の中に専門教育の基礎となるような科目が混在していた。
 そこで、平成3年の大学設置基準の大綱化を契機に、大学全体の教育体制の見直しを行い、従来の一般教育科目と専門教育科目の区分を廃止し、1年次から2〜3年間にわたって教養教育を含む一般教育を学生が同時並行的に履修できる4(6)年一貫教育体制に改めた。これは、大学での学習への動機づけが極めて重要であるとの判断から、各学部・学科がその理念・目的に則り、1年次から4(6)年間にわたって基礎教育から始まる体系的な専門教育の提供を可能とするためである。
 上記の改革の際に、本学の教養教育の在り方に関し
て全学的に活発な議論を取り交わした。もともと西欧に起源をもつ教養教育(リベラル・エデュケーション)は、数学、論理学、哲学等の学芸諸科学(リベラル・アーツ)を通じて、それぞれの専門や職業によって制約された狭い世界から個人を解放し、自由に思考し行動できる人間を形成するものであった。そこで教授されるのは、人類の偉大な過去の知的遺産と、その時点で人々が獲得した自然と社会に関する、もっとも新しく、もっとも高度な、生き生きとしたイデア(思想)の体系であった。このようなリベラル・エデュケーションを通じて、人々は、自己と自己を取り巻く世界との時間的・空間的関係を相対化し、より高い位置から自己と世界を深く認識することが可能になったのである。
 もとより、このようなリベラル・エデュケーションの恩恵を享受できたのは社会の一部の人々、すなわちエリートたちであった。現在のように大衆化した大学教育において同様の教養教育が可能であるか、それ以上に、そのような教育が必要なのか、という議論はある。しかし、本学では、大学教育が大衆化したからこそ、将来の日本社会を担う主体たる学生には、教養教育が必要であると考えている。加えて、旧制の3年の高等学校教育と3年の大学教育が、戦後の新制度のもとでは併せて4年に短縮され、なおかつ専門教育に比重が置かれがちであった現状を鑑みると、より一層精緻化された教養教育の充実が望まれるのである。
 そこで、本学の教養教育の目的は、
 「学生の『人間と社会、人間と自然』に関する幅広い知識と深い洞察力を培い、これに基づいた創造力を涵養するとともに、知的教養人としての使命の自覚を促し、ますます複雑化していく社会の中で適正な批判力と判断力をもって行動しうる知性と能力及び豊かな人間性を育む。」ことである。
 
2.教養教育の目標
 「教養教育の目的」の項で述べたように、本学の目指す教養教育は、全体的な見地から個々の専門分野が俯瞰できるような能力を養成し、人間性あふれた人格を陶冶するために、人類の知的営為の上に積み上げられてきた科学的な「知(ノリッジ)」と人間的な「智(フィロソフィ)」の総体を、全ての学生が習得することである。そのために、人類が今まで築いてきた膨大な知と智のエッセンスを主要な学問分野に基づいて分節化し、かつ教養教育の目的に最適化した、体系的な「コア・カリキュラム」科目として「教養原論」を編成し、これを本学の教養教育に「共通する(コモン)」、「基礎(ベーシック)」であり「核(コア)」であるとした。
 本学は、大学紛争を契機として個性を尊重するという理念にしたがってカリキュラムを大幅に自由選択とする方針に切り替えたが、その結果、学生たちの間に易きへと流れる風潮がますます助長され、調和のとれた全人教育という教養教育の本来の趣旨が実現されているとはいい難い状況にあった。そこで、大学卒業者として普遍的に有すべき「知」と「智」を、大学側が人文・社会・自然の3分野について、各分野に3主題ずつ教育内容を編成し、これを教養原論として全ての学生が履修するようにした。各主題は、さらに3〜4の授業科目で構成している。しかし、個々の学生が専攻する分野に関しては、それぞれの学部・学科において基礎から最先端の知識までの習得が可能であるため、教養原論は、自己の専門以外の2分野から、それぞれ4科目ずつ、合計16単位選択履修するようにした。 このコア・カリキュラム方式による教養原論の教育上の目標は、次の4点に要約できる。
(1) 個々の主題の教育内容を、相互に関連性のある総体として、学生に提供すること。
(2) 現代社会の要請に適切に応え、調和のとれた全人教育を目的とする教育内容を設定すること。
(3) 必修科目及び選択科目を、教養教育のカリキュラム運用上、最も効果的に設定すること。また、同一教育分野に関わる複数の主題の中から必要な授業科目を学生が選択することにより、自由選択制のもつ長所も活かすこと。
(4) 人文科学・社会科学・自然科学の3分野の学部がバランスよく編成されている本学の特色を生かし、教養原論の3つの分野全てに関して、各学問分野の研究の最前線に立つ教官による最良の教養教育を行うこと。
 この教養原論に加えて、学際的で総合的な知のあり方を問う場として「総合教養科目」を複数開講し、多様な知を統合し総合する能力の養成を図っている。
 なお、新入生に対して大学での学習意欲を喚起し、学生と教官がパーソナルな人間関係を深め、大学で学ぶことの意義や学び方を学習する場としての基礎ゼミなどは、各学部・学科の専門性を考慮して、これを専門教育科目の中に位置づけ、「転換教育科目」として、各学部・学科の責任において開講している。