1年の春

大谷 一博(経済学研究科教授)

 春が来た。K君は、勉強した甲斐があって、なんとか神戸大学経済学部に入学することができた。大学では、やむを得ぬ事情で秋に卒業する人がいるそうだが、K君はなんとか4年後の春に卒業したいと思っている。そのためには、頑張って単位をとらなければならない。高校のときは、大学では好きな科目をとってカリキュラムを自分で組めると聞いたような気がするが、1年生では語学、数学その他の必修科目が多く、ほとんど自分でカリキュラムを組む余地はなさそうだ。オリエンテーションを聞いていると、経済学部では数学が重要であるという。せっかく文化系の学部に来たのになぜ数学なのだろう。先輩の話では、特に微分と線形代数が重要だという。

 微分・積分のテキストを開くと、本によってはまず数列の収束やε-δ 論法が出てくるが、これがさっぱり分からない。しかし、経済学の基礎を理解するには、微分の具体的な計算ができればよいという。例えば、ミクロ経済学のテキストを開くと、まず消費者行動や企業行動の理論が出てくるが、これらの理論は、ある制約条件のもとでの関数の最大化(あるいは最小化)として定式化されているそうだ。

 例として次の問題を解くように言われた。

 

10x + 5y = 100 という条件のもとで、xy の最大値を求めよ。」

 

 これは簡単で y = 20 - 2x xy に代入すれば、2次関数 -20x2 + 20x となるので、その最大値を求めればよい。すなわち、x = 5 のとき最大値 50 となる。この問題を消費者行動の問題として当てはめると次のようになるのだそうだ。

 

「2つの商品(財)があって、1つの財の価格が 10 円、もう1つの財の価格が 5 円であるものとし、100 円でこれら2つの財を買うときの満足度(効用)を xy とする。このとき、各財を何個買えば最大の満足が得られるか。」

 

 1つの財を x 個買い、もう1つの財を y 個買えば、予算が 100 円であるので、10x + 5y = 100 という式が得られるがこれを予算制約という。基本的には、予算制約のもとでの効用最大化問題を解くことが、消費者行動の理論の基礎であるという。ただし、財が3個以上あれば代入法は使えないが、このときある制約のもとでの関数の最大値(最小値)を求めるのに多変数関数の微分と線形代数が役に立つという。ただし、経済では、高校の時やった「ベクトルと空間図形」のような複雑なベクトルの計算は必要ないという話だ。とにかく、だまされたと思って勉強してみよう。